第30回東京国際映画祭の「Japan Now 銀幕のミューズたち」部門で、『かぞくのくに』が10月29日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで上映され、ヤン・ヨンヒ監督、主演の安藤サクラがQ&Aに登場した。
同作は父が楽園と信じた北朝鮮から25年ぶりに帰ってきた兄ソンホ(井浦新)とヒロイン、リエ(安藤)の再会と別れを描いた人間ドラマ。ヤン監督の実体験を基になっている。2011年夏、約2週間、ほぼ順撮りで撮影した。
劇映画初挑戦だったヤン監督は「ドキュメンタリー2本撮った後のド初心者で、シナリオも初めてだったので、スタッフ・キャストは信頼できる人に任せたいと思っていました。リエ役は安藤サクラさんのような人と思っていたら、本人が出てくれた。お金集めでは苦労したが、口を出す人もいない。第一希望の2人に断られる覚悟で手紙を書いたんです」と話した。
安藤は「何も知らないで、ヘラヘラと『やります』と言いました。一昨日、見直したのですが、初めて台本を手にした時の記憶がない。その後のことが濃すぎた。監視をされる覚悟をした方がいいのかな、とか、北朝鮮にみんなで行けるのかなと思ったりしました、馬鹿だね、私」と振り返った。
リエ役はヤン監督がモデル。安藤は「監督本人を演じるのは特別。あの時の感覚は説明するのが難しい。つらかったとしかいえない。自分は役を演じただけだけど、心の深いところに刺さった気がします。いつか癒えることがあるのか。女優をやるということは、そういうものが積み重なっていくんだろうなと思った」と話した。
ヤン監督自身も撮影中、気分が悪くなり、トイレで吐いたこともあった。「物語はデフォルメしていますが、ほとんど事実。私には3人の兄貴がいますが、全員をブレンドしたようなお兄ちゃん」。オフの時に当時、婚約中だった安藤が「婚約指輪ってどうすればいい?」と聞き、井浦が答えている姿を見て、自分と兄の分身のように感じて、幸せだったという。
監視員(ヤン・イクチュン)によって、兄が北朝鮮に連れ戻されるラストシーンは事実とは異なっている。「車を見送った時、ブーンといってしまった。悔しかった。車くらい蹴飛ばせば良かった。数時間、呆として悔し涙を流した。1回、現実通りに撮ったけど、違うなと思った。そんな時、ヤン・イクチュンが『自分ができなかったことを映画でやればいい』と言ってくれて、(安藤に)『私ができなかったことを何かやってください』と頼んだ。とても困ったと思います」とヤン監督。
安藤は「いざやったら、何か生まれるだろうと思ったけど、動けるのか。芝居じゃないプレッシャーを感じていました。車が走り出すなんて決まっていなかった。ヤン・イクチュンさんが『出せ』と言ったんです。だからカメラが追いついていない。タイヤが私のサンダルの先を走っていったけど、『これが映画だよ』と思った。動く車を止めている時の感触はいまだに残っている」と話した。
ヤン監督は芝居を止めることなく、「申し訳なかった」と言ったが、安藤は「止められたら、今まで撮影してきた2週間は何?ってと思った。撮影が終わってから、メイキング用にインタビューを撮ったが、声が一つも出なくて、涙しか出なかった。当時のマネジャーさんの胸の中で大泣きしたんです。フィクションなのに、ドキュメンタリーのようだった」と話した。
映画は数々の賞をもたらしたが、ヤン監督は「私のグッジョブは“しなかったこと”、人に任せながら『OKです』といったことです。動きではなく、気持ちを伝えたら、(安藤は)スポンジみたいに吸収して、出してくれた」。安藤は「『シナリオを食べて、ウンコを出している』と言っていましたね?」と監督の独特の表現を披露。2人のトークは予定時間を過ぎても、盛り上がりを見せ、安藤は「まだまだ話したいことがあったのに……」と名残惜しそうにしていた。
第30回東京国際映画祭は、11月3日まで開催。