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東京国際映画祭公式インタビュー 2017年10月28日
CROSSCUT ASIA部門『
大親父と、小親父と、その他の話』
ファン・ダン・ジー(監督/脚本)、レ・コン・ホアン(俳優)
第30回東京国際映画祭のCROSSCUT ASIA部門では、アジアの名匠が選ぶ若手作品選「ネクスト!東南アジア」が開催された。『エタニティ 永遠の花たちへ』のトラン・アン・ユン監督が推薦した本作は、人口統制のためパイプカットを奨励する政策を打ちだしていた21世紀初頭のベトナムを舞台に、やるせない青春群像を描いた「比類なき傑作」(ユン監督の言葉)。『ビー 心配しないで!』(2010・大阪アジアン映画祭2011で上映)に継ぐ異才監督の第2作であり、父子の屈折した愛情をときに大胆に描いて、ベトナム・ニューウェーブの気風を感じさせる。同様な世代断絶を描く予定の新作にも大いに期待を寄せたい。
ベトナムの男性は総じて世代間のつながりが希薄で、女性がその間をつないでいる
──本作は昨年の大阪アジアン映画祭でも上映されていますね。今回はトラン・アン・ユン監督の推薦で、第30回東京国際映画祭「CROSSCUT ASIA」部門での上映となります。
ファン・ダン・ジー(以下、
ファン監督):この映画は、これまでに海外の50を越える映画祭で上映されてきましたが、日本で上映されるというのは特別な意味をもっています。日本文化から受けた恩恵はひとかたならないものがあり、映画作りや芸術に関わる過程で重要な意味をもつ文学作品、映画作品に私はたくさん触れてきました。だから、日本で続けて上映されることにたいへん感動しています。
──大島渚の『青春残酷物語』や、今村昌平の『神々の深き欲望』にも通じる作品世界と思われますが?
ファン監督:実は、私が日本文化に魅かれたのは文学作品が最初でした。日本の小説を読むことで映画を作りたいと思うようになりました。好きだったのは川端康成、三島由紀夫、大江健三郎であり、彼らの影響を多く受けています。彼らの文学がアジアの文化を世界に認めさせたと思っているくらいで、自分では意識しないでも、そうした日本文化の影響を受けているんでしょうね。
──国策でパイプカットを奨励していたというのが映画のプロットになっています。
ファン監督:これは実際にあった話で、90年代のアジア通貨危機の折にベトナムではその煽りを受けて、政府が人口統制を推し進めました。産むのは女性ですが、男性にその能力がなければ生まれないことを勘案し、ふたり以上の子どもがいる勤労者に対して、パイプカットを奨励する政策を施行したんです。それも自治体ごとの振り分けがあり、男性勤労者の構成比率の何割かはパイプカットしてもらうという決まりでした。でも誰も行きたがらず、自治体責任者は政府の罰金を恐れるようになった。そこで貧しい未婚の学生や若者に報奨金を支払ってまで政策を奨励する自治体まで現れました。当時の国情を象徴する興味深い事件です。今でもベトナムでは産児制限に近い政策が存在しますが、当時ほど貧しくないので、若者がパイプカットをすることはまずありません。
──まず脚本の手際よさに驚かされました。冒頭に主要人物が一堂に会する場面があって、ヴァンが写真学科の学生であること、父親が孤児の女の子と彼を結婚させたがっていること、彼がこの父親を嫌っていることが、自然なやりとりのなかに浮き彫りにされます。
ファン監督:脚本に関しては、素早く状況を提示し、ただストーリーをなぞるのではなく、抽象的なレベルで語っていくのが大切だと考えています。
──主軸におかれているのは、母親の居ない家庭における父と子の関係性です。
ファン監督:本当に不思議な現象なのですが、ベトナムの男性というのは世代間のつながりが薄く、その隔たりをつなげているのは女性です。女性の居ない家庭では父と子の絆が希薄です。
“愛情”だけが真実を浮かび上がらせてくれるものと信じて
──主演のレ・コン・ホアンさんも、そうした断絶というのを身近に感じますか?
レ・コン・ホアン(以下、
レ):ぼくは年も若くて経験も浅いので、深い理解というのはまだないですが、社会における断絶を少しは感じることがあります。でも若い世代、自分と同じ20歳くらいの男女の関係のほうが今はよく理解できます(笑)。
──人物にはみな影の要素が設定されていますね。ヴーは誰にも言えないホモセクシュアルの悩みを抱え、ヴァンはヤク中の女性ダンサーだけど、本当はバレリーナを目指しているというふうに。
ファン監督:この映画でいちばん伝えたかったことは、愛情にはいくつもの顔、いくつもの表情があるということでした。それは感覚に根ざしたものであり、多分に抽象的なものです。たとえばヴァンは柔和なときもあれば、挑発的なときもあり、薬に酔って悲しいときもある。そのときどきの愛情を顔に湛えているわけであり、ヴーにしても同様です。現像している写真がだんだん見えてくるように、愛情だけが真実を浮かび上がらせるさまを描こうとしました。
──ヴー役のレさんは、初々しい演技を披露されていましたね。3人でじゃれ合う場面やお酒を飲んでいる場面など、演技に見えないくらいでした。
レ:本当は苦労だらけの現場で、スクリーンに出てこない苦労もたくさんありました。じゃれ合うシーンは、ヴァン役のドーティ・ハイ・イェンさんとタン役のトゥオン・テェ・ヴィンさんがプロの俳優で、助けてくれたので難なくできました。でもお酒のシーンは本当に飲むべきかどうか散々悩んで、結局飲みました。それで、ぐでんぐでんに酔っぱらいました(一同笑)。
ファン監督:吐くくだりはすべて本当のことです(笑)。コンはプロの役者ではなくて、その瑞々しさに惹かれて抜擢しました。映画出演の経験がなかったため、クランクインまでに2年をかけ、その間に緊密なコミュニケーションをとっていたので、現場ではもうすっかりキャラクターになっていました。
──ヴァンを演じたドーティさんはほんとに場面場面で顔の印象が変わる方で、適役でした。悩殺的なダンスがあるぶん清楚なバレエ姿にも見惚れました。
ファン監督:ドーティ・ハイ・イェンには私も大いに助けられました。というのも、女優としてもおっしゃるとおりなのですが、夫と組んで本作に出資してくれたエグゼクティブ・プロデューサーでもあったからです。撮影中は大いに励まされたし、現場に緊張が走るとその場を和らげてくれました。
──グエン・K・リンさん(撮影監督)の撮影が素晴らしいのですが、監督もグエンさんも衝突しあうこともあったのでしょうか?
ファン監督:実は最初は、「ビー 心配しないで!」で組んだクアン・ファン・ミンが撮影監督に決まっていて、ロケハンまで一緒に行ったのですが、彼が撮影に入る間際に長らく恵まれなかった子宝に恵まれて、「映画が子どもよりも大切なことはないから傍に居てあげて」と急遽代役を探すことになりました。グエンに決まったのは、プロデューサーのチャン・ティ・ビック・ゴックのおかげです。彼女の当時の恋人だったのです(苦笑)。
──じゃあ、速やかに決まってよかったですね。
ファン監督:でも、グエンはエンタテインメントの撮り方に慣れていて、私の映画は全然違うので、最初のうち居心地悪そうにしていて怒りだすこともありました。周囲にこのプロジェクトは続けられないのではと気遣われたくらいです。だから私はどっしりと構えるようにして、きっといい仕事をしてくれるはずだからと、彼が怒っても過剰な反応は慎んで、「大丈夫だから」と自分に言い聞かせて撮影を終わらせました。撮了後もしばらくしこりが残りましたが、いまは良好な関係を築いています。
──撮影中は闘いの日々だったと?
ファン監督:一番つらかったのは、間に立っていたプロデューサーのゴックでしょうね。監督と恋人の間でいがみあいが続いていたので(笑)。いろいろありましたが、短期間の準備であれだけの素晴らしい映像を撮ってくれたグエンには本当に感謝しています。
──最後に次回作についてお聞かせください。
ファン監督:過去の2作と同様、男性を主人公にして、世代間の断絶を扱った『フルムーン・パーティ』という作品を準備しています。同じテーマを扱った3部作の末尾を飾る作品です。
(取材・構成 赤塚成人 四月社)