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2017.11.02 [イベントレポート]
「いい作品を作るためには夜も寝られないほど入れ込まないと」10/28(土):Q&A『ビオスコープおじさん』

ビオスコープおじさん

©2017 TIFF

 
10/28(土)、アジアの未来『ビオスコープおじさん』の上映後、デーブ・メーデーカル監督をお迎えし、Q&A が行われました。⇒作品詳細
 
デーブ・メーデーカル監督:私の初めての作品ですので、このような場には慣れていません。失敗しても、皆さん、寛大にお許しください。
東京も初めてで、来たい、来たいと思っていましたが観光客としてではなく、このような形で来られたことを本当に嬉しく思っています。
 
Q:なぜ最初の映画の題材を『ビオスコープおじさん』に選んだのでしょうか?
 
デーブ・メーデーカル監督:往々にして映画を作る人間は「この物語は絶対に伝えなくては」というものをもっていますが、実はこの映画は私にとってそうではありませんでした。これはプロジェクトとしてプロデューサーから持ち掛けられたものです。それを私の映画にするには、とても長い道のりが必要でした。
私はそれまで広告・宣伝の媒体で仕事をしていましたが、劇映画は初めてでした。いい作品を作るためには、これを私自身のものにしなくてはいけない、夜も寝られないほど入れ込まないといい作品にならないと思いました。
ラビンドラナート・タゴールという詩人は私たちインドの多くの人にとって、とても特別な存在です。タゴールの詩を学校で勉強させられるときには何も感じないのですが、年を取るにしたがって、何かを見せてくれるようになるんですね。この映画を作ることで、私は彼の作品の再発見をしました。映画の中で主人公のミニーがいろいろなことを再発見することにもつながっています。
もう一つ、多くの人の権利が蹂躙されていると言いたかったからです。私たちは今とても奇妙な時代を生きています。実際に戦争や紛争の中で暮らしているわけではありませんが、私たちの人生そのものが戦争のような様相を呈しています。例えば、ボリウッドはアフガニスタンに行って、ロマンチックな映画やアクション映画をどんどん作ってきました。アフガニスタンを消費し、利用してきたんです。アフガニスタンの政情によって生まれた多くの難民の苦しみについて、映画は何もしてこなかったと、私は思っています。
映画のワークショップなどに行くと、こういうのは政治的過ぎるとか言われたりしましたが、私は作らずにいられませんでした。
 
Q:ビオスコープおじさんが町中を歩くときに歌っている歌は映画のために作られた曲ですか?
 
デーブ・メーデーカル監督:実はビオスコープを見せる人たちは歌わずに、ただ「おいで、おいで、見においで」と呼び掛けるだけだったので、この映画のために作りました。あの歌は伝統的な歌でも民謡でもありません。ただし、メロディの基礎はアフガニスタンの歌を参考にしています。また、あの歌は映画の中で2回使われますが、最初の方はヒンドゥー語、後半ではアフガニスタンの言語のひとつパシュトー語で歌われています。
 
Q:なぜインドの方はこれほどに映画を好むのでしょうか?
 
デーブ・メーデーカル監督:私の考えでは、映画には2種類あると思っています。一つは人気のある映画。もう一つはインディー系の映画。別の言い方をすれば、一つは商業的な映画、もう一つは芸術的な映画です。私は自分の映画がどちらかと言うつもりはありませんし、その真ん中に位置するものを作りたいと思っています。しかし、インド映画といえば、ボリウッド作品を指すことが多いですね。それは映画の中に浸ることによって、自分の生活の中にある苦しみや悲しみを忘れることが出来るのです。映画を観ている間は、皆が現実の生活をすっかり忘れて、楽しむ。そういうものがインド映画の主流だと、私は考えています。つまり、私たちはとても幸運であるか、とても愚かであるか、どちらかだと思います。
 
Q:キャスティングについてのエピソードはありますか?
 
デーブ・メーデーカル監督:主役のビオスコープおじさんを演じたダニー・デンツォンパさんはインドの伝説的な俳優です。実はダニーさんは、私と同じ映画学校の出身で、ずーっとずーっと先輩です。なので、毎日私をからかったりしていました(場内笑い)。彼は容姿や民族的な背景の為に、常に悪役ばかりさせられてきたんですが、今回初めていい人の役を演じてもらうことができて、私はとても嬉しく思っています。ダニーさんの撮影最後の日は、撮影場所がインドの北部で、チベットや中国との国境に近いところでした。日陰に入ると寒くて、風が吹くと体感気温は零下5度な感じでしたが、太陽はぎらぎらと照りつけていて、太陽の下にいると、体感は36度くらいなんです。そんな中で撮影をしていました。
その日の終わりに、ダニーさんが2本の酒瓶を私たちの前に置いて、「さあ、飲もう!」と言いました。私は35歳、彼は撮影中に70歳になりました。彼はバカルディのホワイトラムを飲み、私は18年物のシングルモルトを与えられました。その辺りの風習では、ホストが飲み終わって席を立つまで、客は立ってはいけないという決まりがあるので、彼がバカルディのホワイトラムを1本飲み終わるまで、私もずっと飲み続けていました。彼はもう撮影はありませんでしたが、私はまだ2時間も撮影が残っていたんです。その時以来、シングルモルトは1滴も飲んでいません。シングルモルトに限らず、お酒を全然飲めなくなってしまいました。(場内笑い)彼のおかげです。

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