第30回東京国際映画祭のマスタークラスで、「河瀬直美監督スペシャルトークイベント」が10月28日、六本木アカデミーヒルズで行われた。河瀬監督がエグゼクティブプロデューサーを務めた「東の狼」が特別上映され、主演の藤竜也と対談した。
同作は、かつて船乗りで世界の海を旅した老猟師アキラが100年以上前に絶滅したと言われるニホンオオカミを追う姿を描く。若いキューバ人監督のカルロス・M・キンテラが奈良・東吉野村で全編撮影。2016年、なら国際映画祭で上映された。
出演は、河瀬監督が新横浜で藤とキンテラ監督を引き合わせて決まった。藤は「分からないことがたくさんあった。狼には、いろんな意味がある。監督が欲する演技をしなきゃいけないので、努力しました」。河瀬監督は「出演を決めた時、とても素敵なことを言ってくれたんです。『今年の桜は吉野で見ることにします』って」と紹介した。
船乗りのシーンはないが、藤は三重の船舶学校に通って役作り。約1カ月間、村に住み込んだ。劇中では、仕留めたシカをさばくシーンも。「魚はさばけるけど、シカはさばけないですよ。(体の)構造は分かったので、やったんですが、見ていてもいいものではないですね。でも、全然カットがかからないんです。シカも何かの記号なんでしょうね」と振り返った。
河瀬監督は「藤さんは貴重な俳優です。単独で東吉野に入られて、最初は村人たちもザワザワていたんですけども、1週間くらい経つと、ちょっと先のローソンに普通にいるわけですから」というと、「いや、ちょっとじゃないですよ。10キロ先です。そこで正気を取り戻してから、カルロスの不思議な世界に入っていった。あの世界に取り込まれる感じがして、大丈夫か、と思いましたね。おかしくなりそうだった」と振り返っていた。
演出については「カルロス君の複雑な感情は分かりませんから、深くは考えないでやりました。アキラが洞窟の中でオオカミと対峙するシーンの時、共演の大西(信満)君が『あなたにとって、オオカミはなにか?』と聞いたら、『愛だ』というんです。それで、ますます分からなくなってしまった。でも、カルロスが泣きたくなるような悲しい目をしているのを見て、胸がいっぱいになったんです。もう説明はできません。カルロスは苦しみながら映画を撮ったんじゃないかな」と異国の地で作品に全力を出した若い監督を慮っていた。
映画は来年2月、劇場公開されることも決まっている。