第30回東京国際映画祭のマスタークラスで、「河瀬直美監督スペシャルトークイベント」が10月28日、六本木アカデミーヒルズで行われた。
マスタークラスは、若い映画ファンや次世代のクリエーターに向けた巨匠によるセミナー。河瀬監督の「光」の映画内映画である「その砂の行方」を特別上映して始まった。「光」は視力を失いつつある元カメラマン(永瀬正敏)と視覚障がい者用の音声ガイドを製作するヒロイン(水崎綾女)のラブストーリー。「その砂の行方」は藤竜也と神野三鈴が主演で、ヒロインが音声ガイドを製作する映画として15分の映像が作られた。
河瀬監督は「2日で撮りました。自分でいうのもなんですが、撮れ高が高い。天候さえ晴れならば、普通の現場よりだいぶ早くできるチームになっている。撮影監督の百々新はスチールカメラマンで、即興性、機動性がある。照明も録音も同じ。いつでもアンテナが働いている感じで、みんなが同じ方向を向いている」と河瀬組の能力の高さを誇った。
河瀬組は極力、現場は非公開、メイキング班も入れないというのが原則という。「カメラ以外の目があると、俳優が集中できないというのが理由です。『用意!スタート!』もかからない。カチンコを打つこともない。撮影監督の目を見て、カメラがスタートするという、ものすごく静かな現場です」と明かした。
監督と俳優に必要なのは、「覚悟」と「信頼関係」だという。「その砂の行方」では藤と神野が砂の上で抱き合うシーンがあったが、「藤さんは『どこまでやればいい?』と聞くんです。つまり、どこまでもやる覚悟はあった、ということですね。そこがすごいなと思いました。砂の上なので、最後の方までしなくて大丈夫ですと答えました」と笑う。
「覚悟があるかは見抜けます。覚悟を持ってきてくれれば、必要じゃないことはしない」とキッパリ。ヒロインの水崎には厳しく言ったそうで、「藤さんが水崎さんに言った言葉が印象に残っています。藤さんは『いま、殺したいくらい監督を憎いと思うよ。それはね、尾野真千子も言っていた。でも、しばらくすると、分かる。俳優というのは、心のひだを増やすことだ』とおっしゃったんです。若い俳優はそういう訓練はしていない。それはカメラの前だけではなく私生活でもしていないんだと思います」と語った。
後半には大阪写真専門学校時代の18歳の時、初めて8ミリフィルムで撮影した貴重な映像も上映。「『大阪の街に出て、興味を持ったものを撮れ』という課題でした。とっても楽しくて、仕方なかった。『撮っていいですか?』と聞いて、撮る。他人はどう思うのか怖かったけども、カメラが味方になってくれた。その時、写っていた赤いチューリップを見た時の喜びは半端なかった。撮ったときの自分がタイムマシンのように鮮やかに蘇ってきた。この時生きている自分が刻み込まれている、と思ったんです。それが私の原点です。私は両親を知りません。子どものいない老夫婦が育ててくれた。私はどうしてここにいるのか、誰も教えてくれないんです。そこに映画がやってきたんです」と、生い立ちや映画の原点についても触れた。