大九(おおく)明子監督は映画監督としては、異色の経歴の持ち主といえるだろう。大学卒業後、官庁の外郭団体で秘書をしていたが半年も経たないうちに退職。お笑い芸人になろうと芸人養成学校に通うも芽が出ず、たまたま行った映画館で映画美学校の開校を知り、その第一期生となる。課題に提出した脚本が認められ、それを映画化した中編コメディ『意外と死なない』(99)で監督と主演を務めたときには、もう20代が終わっていた。
2007年、監督と脚本を務めた『恋するマドリ』で商業映画デビュー。その後いくつかの作品を手がけ、2015年、原田マハの小説を映画化した『でーれーガールズ』で成熟した演出を披露。これが長編5作目となる。
本作は綿矢りさの同名小説を映画化したもので、男性とつきあったことのない自分を絶滅危惧種にたとえるヒロイン、ヨシカ(松岡茉優)が長年の片思いの相手イチ(北村匠海)と、初めて告白してくれた会社の同僚ニ(渡辺大知)との間でジタバタする姿を、ファニーなテイストで描いている。もともと綿矢りさファンだった監督が脚本も手がけ、大胆ながらも愛のあるアダプテーションになっているところに注目してほしい。
いい作品とは、ほかの映画には見られないユニークな個性を生みだすものだが、この映画もそうした幸福な作品のひとつに数えられる。白石裕菜(製作)、中村夏葉(撮影)、秋元博(美術)、小宮元(録音)、米田博之(編集)と『でーれーガールズ』のスタッフが再集結するなか、監督とは3回目のコンビを組む松岡茉優が遂に映画初主演。全編出ずっぱりで、脳内妄想から解き放たれていくヨシカをヴィヴィッドに演じ、女優としての柄の大きさを見せつける。
演技達者な若手女優が主演したラブコメ。それだけなら、本作がコンペに選出されることはなかったはずだ。女優がひとつの役を生き、悲喜こもごもの感情をリアルな息遣いでたたえ、男女年齢を問わず共感できる普遍性を獲得していることが、選出の決め手になったものと思われる。久々に日本映画界にあらわれた大器・松岡茉優と、小説の映画化にさらなる手腕を発揮した大九監督に、これからも期待を寄せたい。
―― 監督は前作の長編『でーれーガールズ』(15)も傑作でしたね。今回の作品も前作と同様、社会人になっても、思春期のころの切ない思い出にとらわれている女性を描いていますが、とんがったキャラクターで波立つ感情を際立たせているぶん、深く感情移入できる作品となっています。 |
大九明子監督(以下、大九監督):『でーれーガールズ』も『勝手にふるえてろ』も、プロデューサーの白石裕菜さんからお話をいただいて作った作品です。今作はヨシカとおなじ性格をもつ “ヨシカ的な人々” にまっすぐに届けばいいと思って、ターゲット層を絞りました。その代わり、作品にかかわる一切の審美眼はわたしにまかせてもらい、好き勝手わがまま放題に撮らせてもらいました。迷ったときでも客観的な判断は捨て、自分がやりたいことを通しました。
── そうして作った作品が見事、東京国際映画祭のコンペティションに初選出されました。監督が妥協しないでヨシカのキャラクターを作ったおかげで、むしろ、幅広い層に受け入れられる作品になったのかもしれません。
大九監督:だとしたらうれしいです。まさか、世界の檜舞台から声がかかるとは思っていませんでしたから、選出されたと聞いて「ふるえ」が来ました(笑)
── 原作は綿矢りささんが2010年に発表した同名小説です。中学時代の同級生イチにいまも恋心を抱いている若いOLヨシカが、会社の営業マンのニに告白されて、恋心と現実的な恋愛のはざまで右往左往するさまをユニークなタッチで描いています。映画では、いろんな遊びの要素を盛り込んでいますね?
大九監督:最初に白石プロデューサーからお話を受けたとき、綿矢さんの原作をコメディにして、しかも会話劇にしたいと聞かされました。「おおっ」とうなりました。挑戦状を突きつけられた気持ちでした。
── 原作はヨシカのひとり語りですが、映画ではその語り口をいかすために、あえて登場人物を増やすという冒険をしています。
大九監督:ごぞんじのように、綿矢さんの文学は言葉のキレのよさ、文体の面白さに魅力があります。なので、その良さをいかさない手はないのですが、ただのモノローグにはしたくなかったんです。綿矢さんをリスペクトして文体重視で行けば、一人称のモノローグで描かざるを得なくなります。モノローグに映像を乗せるだけでは映画になりません。そこで会話劇という提案を受け入れて、登場人物を増やす構成にしました。
── 大胆ですね。しかしこの冒険は、ヨシカを演じる俳優が達者でなければ失敗する恐れもあったと思います。構成を組み立てるのと主役を誰にするのかは、一心同体の問題だった気がしますが?
大九監督:その両方を解決してくれたのが松岡茉優さんでした。松岡さんとわたしは、彼女が18歳のときに初めて仕事でご一緒して、2年前にも『渚の恋人たち』(完成は16)の撮影で一緒になりました。これはTUBEの楽曲にあわせて、春夏秋冬で4篇のミュージックビデオを製作し、最終的に一本の中編にまとめるという連作企画で、その撮影のため1年間マメに松岡さんとは会う機会があって、さまざまな面を目にしてきました。
あるとき、松岡さんがハイテンションでメイクさんと話していて、「終わったからこちらで待機してください」と案内された椅子に座ると、となりにいた俳優さんにいきなり話の続きをしはじめたことがあって……
── それを映画に取り入れた?
大九監督:そうです(笑)。もう滅茶苦茶面白かったので、その話を白石さんにもして、「そういうふうな人間としてヨシカを描いていったらどうだろう」と意気投合して、想いを膨らませていきました。だから松岡さんという女優が発想の源にあり、彼女でなければ成立しない作品でした。それで年齢設定も、原作から変更することに決めたんです。
── 原作では26歳ですが、松岡さんの実年齢に近い24歳に?
大九監督:26歳の女性が男性とのつきあいがなくて切羽詰まっていくというのが原作の軸足であることを、綿矢ファンとしては大いに理解していますが、年齢を変えてさえ、松岡さんで作る意味があるんだと思いました。
── そうするともう、最初から松岡茉優ありきだった?
大九監督:白石プロデューサーもわたしも、お互いに「ありき」でしたね。1年間松岡さんとご一緒した最後の時期、『渚の恋人たち』の仕上げ作業に入っていた2015年の12月に本作のお話をいただいて、そのときにいまの松岡さんの話題で盛り上がりましたから。
── じゃあ、ヨシカが話しかける人物たちも、キャスティングありきで役柄を膨らませたのですか?
大九監督:いや。あの役柄はヨシカなら誰に興味をもつだろうと、脚本を書きながら想像していきました。それも好き勝手わがまま放題の一環で、自分が20代のころに気になっていた人たちを思いだして書いていきました。
── こうした映画独自の人物に対して、原作者の綿矢さんから注文みたいなものは?
大九監督:それがまったくなくて、映画は別のものと、すごくありがたい考え方をしてくださいました。
── となると、アンモナイトや赤いふせんという原作に登場する事物を用いた独自の展開は、すべて監督による創作ですね?
大九監督:ただの会話劇では視覚に訴える要素が希薄だから、ビジュアルとして使えるものを原作からピックアップしました。ヨシカは絶滅した動物が好きという設定なので、そのうちの何かを小道具に使いたかった。ふせんもビジュアル的に活用したいと思いました。原作よりもベタになっても使えるものは可視化して、ヨシカの脳内にあるものを見せようとしました。
── セリフもおかしかったです。「ジャンヌ・ダルク」とか?
大九監督:あれは初稿では実は「マララさん」でした。若くして成功している人のイメージです(笑)。でも読んだスタッフにマララさんを知らない人がいたので、ショックを受けながらも、ジャンヌ・ダルクに変更しました。
── いずれも原作への愛が感じられる改案です。主要人物の性格づけについては、どんな点に注意を払いましたか?
大九監督:ヨシカについては、突き放すような空気感を保つように心がけました。松岡さんの演技がちょっとでも柔らかい感じになれば、ダメ出ししました。松岡さんからもいろんなアイデアが出てきますが、キャラクターを弱めてしまうものは退けました。ヨシカを寂しい存在に見せることを心がけました。
── 二と来留美(石橋杏奈)のキャラクターも、映画ではかなり具体化されていますね。
大九監督:ニにかんしては、ヨシカが言い寄られても断りにくいタイプと考えて、あのキャラクターになりました。原作よりも情けない感じですが、撮り終えてみて、わたしが好きなタイプの男性じゃないかと納得しました。
来留美は原作を読んだとき、ヨシカがぜんぜん好きになれないないタイプだと思いました。ヨシカの気持ちで読んでいくと、どうしても来留美は好きになれない。でもお馬鹿な方向に振ってしまうのは嫌だし、いじわるすぎる人間にするのも嫌なので、超絶イイ女で全体も見えている子にしました。ずるさにしても、「人間ってそんなもんじゃん」という程度に収まる、至極まっとうな女の子を目指しました。
── 最後にもういちどお聞きしたのが、松岡茉優さんのことです。これはもうなんと言っても松岡茉優の映画だし、映画を観た人は誰もが彼女に恋してしまう。もうヨシカのいいところも悪いところも、全部ひっくるめて面倒見てやるよと言いたくなります。
大九監督:女性スタッフが多く集まった作品で、「男の人は引くだろうね。でもいいよ。引かせちゃおうゼ」と真正面から取り組んだ作品なので、男性にそんなふうに言ってもらえるのはうれしいですね(笑)
── 監督は松岡茉優とはこれで3回目のコンビ作になります。一緒に組むたびに、成長を目にしてきたと思うのですが?
大九監督:オムニバス『放課後ロスト』(14)のなかの一篇、「倍音」ではじめてご一緒しましたが、ほとんどいまと変わらない、風格のある女優として目の前に現れました。出逢い方からして鮮烈でした。初顔合わせの日に馴染みのメイクさんがいたらしく、監督のわたしをそれこそ「視野見」(本編に登場する造語。視野の端で見入ること。)でかわしてメイクさんと話をしはじめて、その姿からしてもう「女優〜!!」と(笑)。セルフコントロールができていて、現場で何をすべきかちゃんとわかっているんです。
集中しているときは、「あれ怒ってるのかな」と、スタッフが尻込みするくらいの集中の仕方をされます。女優さんのなかには、そんな姿を見せたら嫌われちゃうと気にする人もいるでしょうが、彼女はいまこれをすべきとなれば余計なことにはかまけない。ものすごい集中力で演じてくれるから、若いけれども尊敬しています。
── 新年会からの帰り道を歌でつないでいくシーンは、それまでの展開が集約されて、ヨシカの孤独があふれだしてくる名場面です。
大九監督:松岡さんは泣く芝居をお願いしても、「どのくらい泣きますか?」と聞き返してくる女優だから、感情のレンジは広いタイプです。でもあのシーンでは撮影中に、「この尺じゃ足りないです。もっと時間があればこみあげてくるんですけど」と、はじめて「できない」という言葉を聞きました。
伴奏を流して歌を録音しながらの撮影でしたが、そう聞いて「途中で音だけ止めるから、感情がこみあげてきたら、松岡さんのタイミングで続きをやろう」と伝えました。そうして待っていると、監督のわたしでさえグッと来る感情の溜め方をして、こらえきれない表情を見せました。もうここでカットをかけたら映画が台無しだと、慌てて「続きの音をください」とスタッフを急きたてました。
松岡さんが素晴らしいのは、目を伏せた状態であそこまで感情を高めているのに、わたしの声を聞き漏らさないで、「監督、このままやるつもりだな」と感情の糸を切らさずに待っていてくれたことです。続きの音が流れて、歌いだしたときには感動しました。
── ではあの胸を打つ瞬間は……
大九監督:キャメラを回しっぱなしにしての完全な同時録音です。あの松岡さんから「できない」と言われて、一瞬動揺しましたが、待った甲斐があって期待を超えるショットに仕上がりました。
── ちなみに、監督は演技指導をどこまでされるのですか。感情表現の振り幅なんか相米慎二監督の影響を感じさせますが?
大九監督:あっ。わたし相米さんが大好きなんです。ちょうど中学生ぐらいの時期に映画を観はじめて、『セーラー服と機関銃』(81)を観て「なんだろうこれ」って。あとでそれが、いわゆる「監督の作家性」なんだと知りました。物語の進行とは関わらない異物がはさまって揺さぶってくる感じに、「ああ、これが映画なんだ」と学びました。すごく好きな監督ですが、わたしの場合、演技指導をしているつもりはあまりなく、提案されたことに対して、明確な判断をくだしていくことが多いです。
── 奇しくも相米監督の『台風クラブ』(85)は、第1回東京国際映画祭でグランプリに輝いた作品でした。第30回の節目に選出された本作にも、賞への期待を込めたいと思います。最後に、東京国際映画祭のワールド・プレミアで初めてご覧になるみなさまにひとことお願いします。
大九監督:力を抜いて、覚悟して、受け止めていただければうれしいです。一生懸命つくった作品なので、みなさまの胸のなかにいるヨシカに届けばいいなあと念じています。世界中の人々に広まるチャンスになってくれたら本望です。わたし自身も心をふるわせておりますので、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
2017年9月26日(火)六本木アカデミーヒルズ49
インタビュー取材・構成:赤塚成人(四月社)
第30回東京国際映画祭
コンペティション部門出品作品
『勝手にふるえてろ』
監督:大九明子
原作:綿矢りさ
キャスト:松岡茉優、渡辺大知、石橋杏奈、北村匠海
公式サイト
10/14(土) 16:00~ チケット発売開始
一般¥1500/学生¥1000
【上映スケジュール】
10/30(月) 18:00~ TOHOシネマズ六本木ヒルズ Screen7
11/ 1(水) 17:35~ TOHOシネマズ六本木ヒルズ Screen9